2018年1月19日金曜日

海底火山ハブレの2012年噴火

※英語でしかプレスリリースが出ていない為に、伝言ゲームを経た奇妙な表現が多い日本語記事が出ているようです。関係者として居心地が悪いので、個人の責任でこの一般向け紹介記事を公開します。


海底火山ハブレの2012年噴火

2012年7月18日、南太平洋の海底火山ハブレ火山("Havre"; アーブルとも読む)で人知れず始まった流紋岩質マグマの噴火は、僅か22時間以内に1.2立方kmの軽石を噴出する大規模な噴火であった。これは例えば富士山宝永噴火(1707年)や桜島大正噴火(1914年)のほぼ2倍であり、陸上ではプリニー式噴火と呼ばれている爆発的噴火と同等規模・噴出率の噴火が深海底においても実際に起こるという初めての観測例である。
ハブレ火山は、NZから北に伸びるケルマデック弧に位置する。最も近い陸地は無人のル・アーブル岩礁(L'Havre rock)で、Havreの名前の由来となった。

 しかしこれほど大規模な噴火であっても、大海原の中の1000m以上の深海底という環境のためその噴火にリアルタイムで気づいたものは誰もいなかった。13日後、サモアからニュージランドへ向かう旅客機に搭乗していた乗客が海面に多数の浮遊物があることに気づく。通報を受けた火山学者たちがその正体と給源を特定するまでにそれほど時間はかからなかった。NASAの気象衛星MODISにより7月19日以降に撮影された衛星写真には、これまで観察されたことないような膨大な軽石がハブレと呼ばれるカルデラ火山の位置から放出され、広大な海に拡散していく様子が写っていた(1.)。また7月17日にはM4~5の活発な地震活動が周辺で記録されていることもわかり、噴火開始に際してマグマの急激な上昇で引き起こされたのだろうと考えられた。

 90日後、ニュージーランド大気海洋局の調査船タンガロア号が噴火後初めてハブレで海底地形や岩石を採取。大規模な噴火がハブレ火山で起きたということが決定的となった(2.)。その後も軽石は拡散を続け、翌年にニュージーランド、そして2014年にはオーストラリアの海岸に漂着を始めた。

噴火するハブレ海底火山 (NASA Earth Observatory, 2012)

 2015年、タスマニア大学のCareyとウッズホール海洋学研究所のSouleを共同主席研究者とする豪・米・NZ・日の国際研究チームが、海底で何が起きたのか詳細に明らかにすべくスクリプス海洋研究所の調査船ロジャー・レヴェレ号に乗船してハブレを訪れた。調査船にはウッズホール海洋学研究所の最新鋭の海中ロボット、セントリー(AUV Sentry)ジェイソン2(ROV Jason-2)が積み込まれており、24時間体制の研究者とともにおよそ1ヶ月の調査期間を通じてフル活動した(3.)。
夜間に引き上げられるジェイソン.池上撮影.

 海底を自律航行してセントリーが取得した超高解像度海底地形は驚くべき事実を物語っていた。直径5kmあるハブレのカルデラ地形の南縁に沿って、15個もの溶岩流及び溶岩ドームが形成されていることなど予想していた研究者は誰もいなかった。そして何より、カルデラの大部分の地形に粒状のものが散らばりザラメをこぼしたような様相となっていたのである。
ハブレ・カルデラを北西から望む3D地形図。赤色は2002年からの地形変位量を示し、カルデラ南縁の溶岩流・溶岩ドームに対応する。また海底地形上の「つぶつぶ」が1個1個のジャイアント・パミスに対応する。(Carey & Soule, 2018. All rights reserved.)

 最初はノイズと思われたその正体は、ジェイソンによる海底観察ですぐに明らかになった。なんと海底は直径数メートルもあるような巨大軽石「ジャイアント・パミス」で埋め尽くされていたのだった。このようなジャイアント・パミスは陸上火山におけるプリニー式噴火で一般的に生じる軽石よりも遥かに巨大で、これまで1934年昭和硫黄島の噴火など僅かな報告があるのみであった。


 一般にプリニー式噴火においてマグマは、加速度的に泡立ちながら上昇して破砕が進んだ状態で噴出し軽石や火山灰を生じる。しかし水圧がかかる海底噴火ではそのプロセスが抑制されることが理論的に示唆されていた。今回観察されたハブレの海底ではジャイアント・パミス以外の火砕物は限定的にしか確認されず、したがってそれを一層具体的に裏付けるものと言える。

 またそのジャイアント・パミスでさえ、海底を埋め尽くしているとはいっても総体積は0.1立方kmに留まる。つまり火砕物の大部分は漂流する軽石として南太平洋に拡散してしまったということであり、このような軽石を伴う海底噴火の規模を堆積物から精度良く復元することに困難が伴うであろうことを示唆している。


日本の火山における意義

鹿児島~琉球列島では1934年の昭和硫黄島(新硫黄島)の噴火のほか、1924年の西表島北北東海底火山の噴火に伴い多量の軽石が漂流したことが知られている。また伊豆~小笠原諸島の海底にもハブレと同様の深海底のカルデラ火山が数多く分布している。ハブレの噴火によってもたらされた知見を有効活用することで、これら日本の海底火山における研究をよりよく進めることができることが期待される。


ハブレの噴火に関する主な論文

1. Jutzeler, M. et al. On the fate of pumice rafts formed during the 2012 Havre submarine eruption. Nat. Commun. 5, 3660 (2014).
2. Carey, R. J., Wysoczanski, R., Wunderman, R. & Jutzeler, M. Discovery of the Largest Historic Silicic Submarine Eruption. Eos Trans. AGU 95, 157?159 (2014).
3. Carey, R. et al. The largest deep-ocean silicic volcanic eruption of the past century. Science Advances 4, e1701121 (2018).


ハブレに関連する日本語情報

南太平洋に現れた巨大な「軽石の島」はどこからやって来たのか?
... Wiredによる火山学者Klementii氏のブログ記事の日本語訳。
【海洋学】海洋上での軽石の漂流パターンを予測する
... NatureによるJutzeler et al. (2014) NatComm. の紹介記事。
深海における爆発的火山活動の解明 (科博メールマガジン第625号)
... 国立科学博物館 谷研究員による2015年航海の参加報告


筆者について

池上はタスマニア大学の博士課程院生で、2015年の航海以降タスマニア大学の奨学金を受けてハブレ火山の研究に従事している。調査航海時はGISスキルを活かしてセントリーの地形図とジェイソンでの海底観察をすり合わせる作業に従事した。掲載されている3D地形図も、筆者がセントリーの地形データに独自の処理を行ってオープンソースソフトウェアのBlenderで作成した。現在はハブレの噴火のもう一つの側面、深海底の流紋岩質溶岩について研究中。

0 件のコメント:

コメントを投稿